「知るということ、学びの本質」ほかの学部の授業を受けてみる話

「知るということ、学びの本質」 ほかの学部の授業を受けてみる話

こんにちは。BOSSです。

長かった夏休みも終わり後期に入りました。実はこの年春の学期に履修を組むときに決めていたことがあります。

それがタイトルにもある通り

「他学部の授業を受けてみる」

ということです。すでに後期に入って1週間が経ちましたが2つの他学部、他学科の授業を受けました。

実は私は学部の4年でそういうことをしたことが一回も無かったんですよね。

というか大体の大学生ってそんなもんだと思うんですよ。

けれども人がやらないからこそ面白そうな経験本当の意味での学びたいって意思

そういうものが得られそうだなと今感じていることを書いていこうかなと思います。

大学は学問の場である

当たり前のことですが、大学は学問の場です。

ところが現代の日本の大学をみていると、本当に学問を修める場となっているでしょうか?

考えるまでも無い。誰もが否定できると思います。

今の日本の大学は就職予備校です。就職活動を有利にすべく選び進学した大学は4年間で必要最低限の単位をかき集めて、最後の年にここ一番の演技力で内定をゲットする。

これが日本の大学生。もちろん一般論です。

私も学部時代はてきとーに単位かき集めてましたよ。それで普通に卒業しましたし。

もちろん出る必要のない授業なんて出てません。

しかしです。

学系とは全然関係のないAIの勉強をしてみたいなって思って実際にやってみて、学問って絶対もっとおもろいやろって思い直したんですよね。

興味の対象を調べ、知識にする知的好奇心を満たす行動って本当に楽しかったんですよ。

そうするとなんか大学に単位取りに行ってるってバカバカしくなってきたんですよね。

本来の大学は知りたいことが知れる場であるべきだ。

これが今年の春、履修を決める段階での私の考えです。

興味だけで授業を決める

加えて大学って教えてくれる人はその道を常に追求しているプロフェッショナル。

場合によっては世界の最先端を走っている人です。しかも勝手に聞いても怒られない(というかそもそも潜り込んでもバレない)

だったら、興味あることを教えてくれる場は絶対活用したほうがいい。
ほんとだったら学費払わなあかんところがタダやし。

そこで、興味を持った次の二つの授業を後期から受講することにしました。

  • 人工知能(情報系学部 2回生配当)

  • データ解析特論(理工学系 電気・ロボ学科 大学院配当)

私は理工学の機械工学科ですので、見ての通りいずれの授業も対象外の授業です。

なんなら配当学年も全然違います。あたりまえですが、受講したからって単位なんか出ません。

けれども、私はこの二つを受けることに決めました。なぜなら

面白そうだから。

これだけです。これ以上の理由なんてまったく必要ありませんでした。

他学部の授業を受ける狙い

単位も出ない、成績評価もつかない
それでも他学部、他学科の授業を受けようとしたことには

純粋に興味があった、知りたいことを知ろうとした結果であることには変わりありませんが一応狙いがあります。

経験として話せる

先に書いた通り、こんな酔狂なことする大学生はまぁ居ません。

けれども
する人が居ないからこそ、その経験って面白くないですか?

例えば
「俺さー大学院の時代に全然関係ない授業とかうけてたんよねー」

って人に話したら

「え?なんで?」

ってなりますよね?私だったらなる。
なんでそんなことしてたの?って思わず聞きたくなります。

別に就活で使えるからとかそういうことじゃなくて、こういう人がしてなさそうな経験はどこまでも人に話せるネタになるんですよね。きっと。

別にこれを武器に就活で戦うとかそんなことは考えていませんけど。

人と違うことをしていたというだけでその人の面白みが増すだろうという狙いが一つありました。

ほら、現にそれをネタにこの記事も書いてるでしょう?
あと授業の内容をOutputしていけばどんどん記事が書ける。すでに狙い通りです。

学ぶという本質を思い出せる

私が考える人間のおもしろポイントって、バカみたいに知的好奇心に溢れている点なんですよね。

本来人間は知ることが大好きな生き物。

けれども、やらされてる勉強を小中高大学と続けているうちにその感覚が麻痺してくる。

これは塾講師をしていて、リアルに小中高生と触れ合うからこそより実感することです。

幸いにしてわたしはAIやPythonの勉強を始めて、知りたいことを知る楽しさに気がつきましたがまたいつ麻痺するか分からない。

社会の構造がもうそういう風にできている。
私は将来的には誰しもがこぞって学問ができる社会構造を作るつもりですけど。

話は逸れましたが、そういう本当の意味での学ぶということ
知りたいことを知るという感覚を麻痺させないために、単位や修了といったわかりやすい利益から外れたところに身を置く。

物事を知る、学ぶという本質を忘れない。 これがもう一つの狙いです。

まとめ

わたしは単に決められた授業の中から単位をとるだけというのがつまらなく感じました。

どうやったって、「やらなければならないこと」になってしまうし「やらされている感」が出てしまう。

あと経験として全然面白みがない。

そういうわけで行動してみることにしました。

特に授業数そんなに取らなくていい時期なら、時間的にもかなり余裕があります。 嫌になってやめたって別になんにも困らない。


今回はとりあえずやってみるよ!っていう内容の記事でした。

実際にもっと授業を受けてみて、人に勧められそうなのか
そのあたりの感想をまた記事にしていけたらなと思います。