研究室に配属されたら、やったほうがいいこと

f:id:wataru_boss:20180627235334p:plain

こんにちは。BOSSです。

私は理系の大学院生で、現在M1。
絶賛研究だったりゼミだったりで明け暮れる毎日です。

さて、理系の方は学部最後の一年は研究室に配属され研究活動を行うというパターンが多いかと思います。

ところが今年配属された4回生の方やまだ研究室配属されていない理系学生は配属されてどうすごせばいいのか分からない

そういうことってありますよね。というか当たり前なんですけど。

そこで今日はこの一年で私が研究室、特にゼミで実践してきたことについてフォーカスして書いていこうかと思います。

この実践は誰にでもできるのに、意外とみんなやらないから

思わぬ形で教授や周りの学生から評価が得られやすい
研究室で過ごすならやったほうがいい行動だとオススメできる内容だと思っております。

研究活動における評価

実際に私自身この一年で意識し行動してきた結果、思った以上に周り

つまり教授、先輩に同期あとは今年は後輩から評価されていると実感しています。

自分で言うのもなんなんですがね。ただ自意識過剰とかではなく

卒論発表時には教授から「学部レベルを超えた内容」とまで言われたので実感とそう遠くはないと思っています。

では学部生の研究活動で評価を受けるポイントとはなんでしょうか?

実は研究活動において評価を受けるポイントは成績が良いとか、賢いとか
そういう次元の話ではなくて、論理的かつ批判的に物事を考察する力があるか

という点にあたります。

つまり論理展開の整合性が取れているのか、先行研究や自分の研究結果の問題点や課題はどこにあるのか

そういうことが考えられる力があるかないかというのが学部生の研究活動で求められる力になります。
(院生の場合は研究内容も問われると思います)

実際私は学部時代の成績は良くないです。いかに時間効率良くCをとるかという点だけ考えていたので。

そういう意味でほんとうに勉強は出来ないですね。

しかし、私は一年かけてこの二つの力を鍛える実践を愚直に繰り返してきました。
その成果が周りの評価と言う形でいただいたのだと考えています。

ゼミで必ず〇〇する

じゃあ論理的思考力と批判的な考察の力を身につけられるのか。

〇〇するとかもったいぶってますが、簡単です。

必ず発言するのです。

発言とは例えば発表形式であれば質問をする、課題の指摘をする、あるいは自分の考えを話す

ゼミの形に合わせて適宜とにかく何か言葉を発するということです。

私はこの一年間愚直にこれをひたすら実行してきました。

私の研究室では週に2回、研究室メンバー全体で勉強会などのゼミがありますが
この一年間で発言しなかったゼミはおそらく無いです。

というか仮配属が決まってた3回生で参加した4回生の卒論発表の時からばかすか発言してました。研究内容なんもわかんないのに。

質問された側はたまったもんじゃなかったでしょうけどね。

けれどもこういった愚直な実践によって論理的かつ批判的な思考力が鍛えられたと考えています。

以下そう考える理由を示していきます。

発言には思考が伴う

発言するということは、必ず思考が伴います。

何も考えずに言葉を発するということは人には出来ません。

例えば進捗の発表がゼミの中であったとしましょう。

ここで何か絶対質問すると決めておくと、発表内容を聞いてる最中に思考を巡らせます。

質問というのは疑問に思うことを整理しないと行えませんから、はなから言ってることが正しいのだなぁと思ってると疑問は湧いてきません。

つねに、それって本当?って気持ちで聞くことで疑問が生まれてくるのです。

また、発表者の話は論理的な道筋がたっているのかと言うのも重要で
学部、修士レベルでは話が論理的で無い場合というのも多々あるものです。

その時に話そのものが論理的で無いにも関わらず質問をすると、その質問すらも論理的でなくなる恐れがありますから

常に話がすっきりとした道筋の中にあるのか、判断しながら聞く必要があります。

したがって、発言をするという行為よりもむしろ
発言のための準備段階で論理的、批判的な思考力が鍛えられるのです。

意外とみんな発言しない

常に発言を意識すれば、自然とその準備のために頭を働かせます。

論理的な道筋を考え、人の話は妥当性があるのか
そうやって考えつづけることで訓練されていくものです。

ところがふつうの人ってあんまりこれやらないんですよね。
何かの発表後、質問ありますか?って質問をしない人が大多数を占める。

一番大きな原因は失敗を嫌うからでしょうね。
とんちんかんなことを言ってバカだと思われたく無い。黙っていればバカはバレない。

そういう気持ちがはたらくのだと思います。

まぁたしかにね、学会みたいに大勢の人がいてオフィシャルな場で物怖じするっていうなら分かるんですよ。

けれども研究室内のゼミレベルで失敗恐る必要ありますか?
というか他人の失敗なんて人は2時間も覚えてられませんよ。

そんなに周囲は自分のことに興味ありませんから。

私自身も振り返ってみれば結構トンチンカンなことばっか聞いていたと思います。

けれども、発言することが練習だと思ってたから失敗自体恐れたことはないです。
勉強ができないのは自覚してたので失うものもないですし。

なので発言する練習を重ねるほうが絶対得だと判断したわけです。

そして普通の人は発言しようとしないので、相対的に周りより力がついたように見えるのです。

これってめちゃめちゃお得ですよね。評価が得やすいんですから。

ちょっと1年間しゃべる練習しただけで相対的に上位に立てる。
差別化が図れる。

バカだと思われるかもしれないというデメリットと比較して得られるものが大きすぎます。

まとめ

各研究室でゼミの形態自体は違うと思うので、そこは適宜考えていただけたらと思いますが

発言を続けることで研究で必要な要素が鍛えられるのは間違いないです。

ちょっと発言する練習を1年続けるだけです。

これから研究室に配属される方
すでに配属された4回生の方

どうせ閉じた空間なのですから、自由に発言して論理的、批判的思考力を身に付ける練習をすることを私はオススメします。

1年後、きっと評価が得られるようになってますよ。